出産はなんとかなると思っていた。緊急帝王切開から始まった母親1日目

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出産はなんとかなると思っていた。 緊急帝王切開から始まった 母親1日目

はじめまして。妊娠が判明した日から、喜びよりも不安の方が大きかった30代ママです。

12週の壁やつわりを乗り越えた後、妊娠中期までは妊娠の経過は順調。妊娠後期を迎えるとともに産院に麻酔分娩の申込書の提出をした時の私は「麻酔があるから出産はなんとかなる」と考えていました。出産以上に育児に対する不安が大きく、妊娠中は育児や子どもの教育に関する本を読んで過ごしました。

しかし、37週の妊婦健診時に妊娠高血圧症候群による胎児発育不全でそのまま入院。

入院から1週間後の検査で胎児の推定体重は2,300g。このままお腹の中にいても子は大きく育つことができないとのことで誘発分娩を試みましたが、誘発剤による過強陣痛で胎児の心拍が低下し、緊急帝王切開となりました。

手術が決まった時はそこまで動揺しませんでした。どこか他人事のようで実感が湧かなかったということもありますが、「お腹の中でこれ以上育つことができないなら早く出してあげなければ」という医師の意見に賛成していたし、こんなこともあろうかとNICU併設の大きな産院を選んでいたのですから。

でも生まれた子どもの体重は2,600gを超えていました。大きな産声が聞けて、子どもは想定よりも大きくて安心しました。私も子どもも無事で嬉しい。

嬉しいはずなのに、術後に病室のベッドでフットポンプの音を聞きながら、こんなことなら入院も誘発分娩も帝王切開もしたくなかった、なんて思ってしまったのです。もっと後半のマタニティライフを楽しく穏やかに過ごしたかったし、誘発剤を使わなければ通常の陣痛がきて経膣分娩で産めたんじゃないのかと。

産後は想定していなかった傷の痛み、望んでいなかった帝王切開への整理できない気持ちを抱えながら初めての育児に取り組みました。

なんとか傷の痛みのピークが過ぎた産後3日目の夜中に今度は母乳トラブルがやってきました。胸が岩のように張って痛みで眠れなくなったとき、ついに心が折れて助産師さんに泣きついてしまいました。「私、母乳育児がこんなに辛いなんて知らなかったんです、助けてください」って。夜勤で担当してくださった、年配の優しい女性でした。

今振り返ると、妊娠中の健康管理や帝王切開の術後のこと、母乳育児について、もう少し知っておけたら気持ちは違ったのかもしれません。

こんなママ、私くらいかもしれない。

でも、もし同じように不安を抱える誰かがいるなら、ここに味方がいると伝えたい。

だから私はここに私の経験を残していこうと思います。

このブログでは、妊娠高血圧症候群での入院生活や、緊急帝王切開のリアル、産後の母乳トラブル、退院後の生活等について、ひとつずつ書いていく予定です。

よろしくお願いいたします。

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