限界だった前夜と「預ける」という選択
前日の夜は帝王切開の傷が激しく傷んだ。
昼の時点では歩行練習も問題なかった。夜は赤ちゃんを預けずにお世話してみようかとも思っていた。でも無理だった。23時前には新生児室に預けに行った。とてもじゃないけど自分でお世話できる状態じゃなかった。
この時も産後現れたうちなる自分が「母親のくせに」と私を責めてきた。
でも不幸中の幸いというべきか、出産前の入院の原因になった妊娠高血圧症候群が私を救ってくれた。産後も相変わらず血圧が130を越えていた私は、助産師さんから「ママは血圧が心配だから夜は赤ちゃん預けてよく休んで」と言ってもらえる立場にあったのだ。
3日目の朝、ほんの少しだけ楽になる
3日目の朝、夜によく眠ったおかげなのか昨晩よりも痛みがほんの少し引いていた。人間の回復力はすごい。
朝担当の助産師さんによれば、昼には背中に刺さっている麻酔の管を抜くらしい。
この管を通して定期的に麻酔が供給されている。さらに、痛みが強ければ自分で追加できるスイッチもついている。ただし無限ではないので、押しすぎると薬がなくなる。
なくなるのが怖くて痛くてもあまり押さずにいたのだが、「麻酔抜去までに使い切った方がお得」だと言われて以降は、頻繁に押した。スイッチを押すと麻酔が背中に流れる冷たい感覚があまり好きではなかったけど、押せば少し痛みが和らぐと信じてこまめに押した。
背中の麻酔が外れる日
そして昼。実際に背中の麻酔を抜去した。特に外す際の痛みはない。
手術後からずっと持ち歩かなければならなかった麻酔のスイッチが入った巾着ともここでお別れである。トイレに行こうとするたびに何度巾着を肩に背負い忘れて背中が引っ張られる感覚にひやっとしたことか。
麻酔が取れたことでシャワーもようやく解禁。14時頃にシャワー室を予約したことと、該当のシャワー室には浴槽がついているが利用禁止の旨が伝えられる。
よく「産後のシャワーは最高」とか聞くけど、私は正直この日も風呂キャンでよかった。頭を洗うのも体を洗うのもお腹が痛くてうんざりだったし、テープごしでもお腹の傷に水が当たるのが嫌だった。
坐薬との戦いと、小さなプライド
痛み止めは坐薬と飲み薬を処方された。坐薬はロキソニン、飲み薬はロキソニンとカロナールの2種類。
坐薬と飲み薬のロキソニンは併用できない。ロキソニンの効果は坐薬>飲み薬だそうだ。つまり私の選択肢は坐薬のロキソニン+飲み薬のカロナールの併用一択。
処方された初回は助産師さんから坐薬を入れることを申し出てくださったのでありがたくお願いした。坐薬を入れてもらうためにベッドに上がり、横向きに寝るだけで冷や汗レベルの激痛ではあるが、自分で体を捻って尻の穴に薬を入れるなどさらに無理な話だ。そもそも坐薬は子どもの時にしか経験がないし、子どもの時だから入れられる経験しかない。
でも助産師さんに「坐薬入れてもらえますか」と大の大人が頼めたのは2回までだった。助産師さんからの問いかけには毎回「『ご自分で入れられないようであれば』入れますよ」という枕詞がつくし、毎度アラサーの肛門に薬を入れさせる申し訳なさに耐えられなくなった。
「坐薬 入れ方 大人 自分で」これは私の検索履歴である。
この検索ワードでヒットしたボラギノールのHPを参考に坐薬を入れることに成功した。手順は①手を洗う②中腰になる③坐薬を尻の穴に入れる④立ち上がる、以上。
中腰で尻の穴に薬を入れる際体を捻らなければならず痛い思いはしたが、背に腹は変えられない。尻の穴に入れたロケット型の坐薬は立ち上がるとするっと奥に入っていった。ありがとう肛門括約筋。謎の達成感があった。
動けない体と、日常のハードル
翌日に沐浴指導を控えていたため、開始時間の24時間前までに保湿剤のパッチテストをするよう助産師さんから言われていたが、パッチテストのやり方がわからなかった。やり方もわからないし、床に置いたスーツケースの中に入っている保湿剤を取り出す勇気が出なかった。しゃがむのは絶対痛いし、床で重たいスーツケースを支えながら広げるのも絶対に痛い。
13時に面会にくる予定の夫に、「きたらまずスーツケースを開けてくれ」とラインしておいた。「今日の14時までに保湿剤のパッチテストが必要だから保湿剤を出してほしい」とも付け加えた。
予定通り13時にやってきた夫は言われるがままスーツケースを開けて保湿剤を探してくれたが、すでに保湿剤は昨日夫がスーツケースから出してベッド横の引き出しにしまってくれていて、見つけるのに苦労した。もちろん引き出しにしまうよう頼んだのは私である。産後の母の記憶力などそんなものだ、きっと。
保湿剤を見つけた私は病院から各部屋に配布されている赤ちゃんのお世話情報がまとめられたファイルからパッチテストのやり方を探したが、見つからなかった。沐浴指導の24時間前が迫ってパニクった私はナースコールでパッチテストのやり方を助産師さんに聞いた。結果、「太ももの内側に保湿剤を少し塗ってみて赤みが出ないか確認する」そうだ。そんな一文で済む説明ならば、「沐浴指導前に保湿剤のパッチテストをお願いします。パッチテストは太ももの内側に保湿剤を少し塗ってみて赤みが出ないか確認します」とかさっと説明してくれてもいいのでは、と思う。こちらは初産なんだ。それとも産婦なら理解していて当然のことなの?と私はまた不安な気持ちになった。
無事パッチテストを終えたら、夫が持ってきてくれた洗濯物も取りやすいようにベッドの横の引き出しにしまった。スーツケースに入れてしまったら詰みだ。
うまくいかない授乳と、待ち時間のつらさ
この日も授乳はうまくいかなかった。授乳時間のたびにナースコールをして助産師さんを呼んだ。「授乳を手伝ってもらえませんか?」と伝えてから部屋にきてくれるまで10分以上かかることもあった。
乳を出して、赤ちゃんを抱えたまま待つ。12月出産だったので暖房をつけていても部屋は寒かった。
子どもが小さかったので最初からミルクを補足するよう指導されていた。そのため、授乳前に毎度新生児室からミルクをもらってきていた。助産師さんがきてくれるまでの時間は、お腹が空いて泣く赤ちゃんを痛む体であやしながら、冷えていくミルクを見ていた。
当時は「自分だけできていない」と思っていたけど、振り返ると多少条件が厳しい状態だったと思う。
夜の授乳、1時間半の格闘
前日と同じく21時の授乳をラストにした。また1時間半くらい時間がかかった。授乳は全く上達した気がしなかったけど、おむつ替えはなんとかできるようになっていた。新生児のうんちが全く臭くないことに驚きながら、何度も黄色のつぶつぶのうんちをつまむように拭いた。私は母測できる状況でもなかったので、おむつ替えは授乳の後がいいなと思ったけど、助産師さんからは毎回必ず授乳の前にしてくれと言われるので、お腹が空いて暴れる子どものおむつを必死に替えた。そして高頻度で授乳中にまたうんちをするので、おむつ替えは授乳前と後で2回しなければならないことが多かった。回数を重ねるたびに手順には慣れたが、屈んだポーズはやっぱりとても腹が痛かった。
なんとか授乳を終えた後、子どもが寝落ちしたので初めて爪を切ってみた。爪切りは家から持参していて、夫が保湿剤と同じベッド横の引き出しにしまってくれていた。赤ちゃんの爪は皮のように柔らかく、噂通り生まれたばかりなのに少し伸びていた。
22:30、新生児室に預ける
22:30には子どもを新生児室に預けに行った。母子同室推奨の産院ではあったが、頼めば柔軟に子どもを預かってくれた。預ける時は「明日◯時までお願いします」「泣いたらミルクでお願いします。1回◯mlです」と淡々と伝えれば、あちらも「わかりました」と淡々と引き受けてくれた。
夫の言葉に支えられた夜
夫は毎日面会にきて一緒に赤ちゃんのお世話をしてくれた。面会時間は13:00-20:00。20:00に帰っていった夫と、子どもを預けた後数分だけテレビ電話をした。
「今日も子どもかわいかったね」
「痛みはどう?」
「頑張っててえらいね」
「明日も行くからね」
というような内容を話してくれた。
産後のぼろぼろの心身を支えてくれた夫には今でもとても感謝している。
抗生剤の点滴と、ようやくの眠り
23時に抗生剤の点滴をして、終わり次第眠った。24時頃だったと思う。
少しだけ「やっていけるかも」と思えた日
授乳は相変わらず難しかったけど、おむつ替えはなんとかできた。
「授乳は退院までにできるようになればいい」と助産師さんも言っていた。まだ母親3日目なんだからできなくたってなにもおかしいことはない。私も子どもも授乳にいい条件ではないけど、毎日3時間おきにやるんだからそのうちできるようになるはずだ。
前日よりも傷の痛みがわずかに引いて、麻酔も取れて、日中赤ちゃんのお世話もがんばれた。なんとかやっていけるかもしれない。
この日は、そんな風に思えた日だった。
少しだけ先が見えた気がした。
でも翌日、胸が岩のように張って眠れない夜がくる。
この日の状態まとめ
・帝王切開3日目の痛み
→ 安静時は我慢できるが、動作時はかなり強い痛み
→ 坐薬+飲み薬でぎり生存できるレベル
・授乳の状況
→ 陥没乳頭+赤ちゃんが小さくうまく吸えない
→ 毎回サポートが必要
→ ミルク補足あり
※同じように悩んでいる人がいたら、それは全然おかしくない状態だと思う。

コメント